子育て

自分で勉強しない子どもに悩むアナタへ

 

じゅくちょー
じゅくちょー
本日の雑談は、こんなこと!

今日のお品書き

『自分で勉強しない子どもに悩むアナタへ

 

大学さ入試共通テストまで、あと192日!

公立高校入試まで、244日

 

『つばさ』は、「脱・教える教わる教育」をスローガンにした塾です。

これは言い換えれば、「勉強からの脱却」とも言えるでしょう。

そもそも勉強という言葉には、「強いる」という字が使われています。

「強制」「強盗」「強奪」「強圧」「強権」。

あまりイメージとしてはよろしくない。

強面(こわものて)のお客さんから、商品の値段をまけろと凄まれ

「へい、勉強させて頂きやす。。。」

というものが勉強の本来の使い方とも言われているそうです。

 

よって、実は「自分で勉強する」という言葉自体に若干の矛盾があります。

自分に勉強を無理強いさせるという意味合いで使うのなら大丈夫だとは思いますが。

逆にいえば、好きなものや興味関心のあるものに対して、

人は放っておいても「学ぼう」とします。

これが「勉強」と「学習」の大きな違いだと思うのです。

この学習経験が、より物事を深く知るためにはどうしたら良いか、

上達するためにはどうすれば良いかという好奇心を育ててくれます。

 

そしてこの経験が土台となり、学校での勉強にいい影響を与えるようになっていきます。

このことから考えると、側から見て「自分で勉強できている子」は

おそらく「自分の興味関心を制限されることなく、広げ深めた経験のある子」

ということができるでしょう。

 

ですが不思議なもので、子ども本人が選んで取り組んでいても

うまく学習することも上達することもない場合があります。

それは、親の「やらせたいもの」を押し並べて

自分で選んでいる風に子どもに仕向けている場合です。

子どもは機敏に察します、「やらせ感」を。

親の求めているものが「結果」であると伝わると、

自主的・能動的な部分が一気に削がれてしまうのです。

 

それはなぜか?

「自分に興味関心があるわけじゃないのね」

と感じてしまうからなのです。

 

思い出してみてください、恋愛してた相手のことを。

思い出してみてください、歩き始めた我が子のことを。

相手に結果を求めるような付き合い方をしたでしょうか?

学習の過程と同様に、興味関心があれば

その学んでいる事象に対して自然と

「深く知りたい」という思いが、好奇心が、

沸き起こってこなかったでしょうか?

 

好きな相手が何を食べていたか。

好きな相手がどんなことに興味を持っていたか。

好きな色から、好みのタイプ、よく聞く音楽など

ストーカーのように相手が何を考えていたのかを

知ろうと思いませんでしたか?

 

工夫を凝らしませんでしたか、いいおっぱいを出すために食事にも。

苦心しませんでしたか、離乳食に何を食べさせようかと。

子どものことが知りたくて知りたくて、

一挙手一投足が愛おしくて、結果など気になりませんでしたよね?

 

「自分で勉強しない子どもに悩む」アナタに問います。

今のお子さんの興味関心ごとは何ですか?

今のお子さんのいいところはどんなところですか?

今のお子さんは学校ではどんな役割を担っていて、

部活動ではどんなことに取り組んでいますか?

紙に最低50個以上、今のお子さんにまつわるエピソードを

1時間ほどかけて書き出してみてください。

もしこれが面倒で嫌だと感じるなら、

それはお子さんが勉強が1時間でも面倒で嫌なのも同じです。

 

『つばさ』が目指すもの。

それは「(やらされる)勉強からの脱却」です。

では、学習への切り替えはどうやればできるのか?

 

まずは、自分に興味関心を持ってみてくれる者の存在です。

これは残念ながら塾では果たせないことの1つです。

子ども自身が、興味を持って欲しいと願う人が

親ではなく講師であれば叶えられますが難しいでしょう。

誰しも人は、自分に興味関心を持ってくれる存在がいてくれるだけで

頑張ることができる生き物です。

 

二つ目は、学習環境です。

これは人的環境とも言えます。

勉強ではなく学習する意識のある者の中で囲まれることで

自ずと切り替わっていくものです。

これは塾が提供しなければならないものであり、

この環境を作ることが塾の大仕事でもあります。

 

子どもたちも悩んでいるのです。

ただ漠然とある不安に。

言葉にならないような不安に。

見えない将来への不安に。

 

同じく親御さんたちも悩んでいるのです。

子どものことが分からない不安に。

であれば、話し合ってみたらどうでしょうか?

指示・命令・確認の言葉は話し合いではありません。

ですが、子どもたちはなぜ不安であるかの言葉を

持ち合わせていないことがほとんどです。

学校のことや部活のこと、他愛もないことを

ただ聞くだけではどうでしょうか?

たまには子どもの得意げな自慢話を聞くことも

悪いことではありません。

 

分からないことに悩むこと、

自分の力でどうしようもないことに悩むこと、

これらは悩んだところで解決にはなりません。

目の前にいるお子さんは、幽霊ではないのです。

しっかり対話できます。

大人が興味関心を示す質問という言葉を持ち合わせていれば。

 

相手が怒っていると感じれば、

子どもたちは心を閉ざします。

相手が心から心配していることに気づけば、

心配かけまいと心を開きます。

自分のことを受け入れ認め支えてくれると分かれば、

自分の足で立ってみようと勇気を出します。

 

子どもたちが「勉強」という土台面白くもなくやらされている挑戦に対して

勇気を持って挑み、失敗しても大丈夫と感じられるような心を、

子どもたちのことを学ぶということを通して

叶えてあげてもらえればと心から願っています!

 

たろー
たろー
いろんな質問にもここでお答えするよ!下のLINEからご質問どーぞ!

学校

友だち追加