学び方

「分かりません」と言えば楽になる!?

 

じゅくちょー
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本日の雑談は、こんなこと!

今日のお品書き

『「分かりません」と言えば楽になる!?

 

大学入試共通テストまで、あと264

中学校別:基礎学平均点情報ページは、コチラ

 

『つばさ』は一風変わった塾です。

  • 授業時間も自分で決める。
  • 出席曜日も自分で決める。
  • 学習計画も自分で決める。
  • 学習単元も自分で決める。

この「自分で決める」ということが

なかなかできずに塾を去っていく生徒も

かなり多く毎年いる塾です。

 

今、世の中には

「自由に考えてしていいよ。」

と伝えると、

「それはしたくありません!」

と答える社会人が多くいるそうです。

 

なぜなら、

「自分で自由に考えて行動すると責任を取らされるからです。」

とのこと。

なるほど、と唸ってしまいますね。

「責任」=「めんどうなもの」

とどこかで習ってしまったのでしょう。

 

塾での学習光景でも全く同じようなことが起こります。

『つばさ』は、何から何まで

「まずは自分で考えて行動すること」

大切にしています。

 

近頃の子どもたちは、

自分の身の回りのことで

「自分でできること」

であっても、全てやってもらっている場合や

やらせてもらっていない場合が多々あります。

 

そうのような育ち方が当たり前になっていれば

「できないことに挑戦する」とことや

「自分でできそうなことをやってみようとする」

という思考がうまく育っていかなくなります。

 

分からない問題があったときに、

その問題との向き合い方で

伸びていく生徒か課題が大きい生徒にキレイに分かれます。

「分かりません」とだけ言ってテキストを持ってくる生徒。

この呪文を発すれば

「自分はもうこれ以上考えなくてよくなるから楽になる」

呪文なのです。

「分かりません」と言えば、もう楽になるのです。

 

「この問題はできるかな?」

「できません。」と言えば

その生徒はもうやらなくていいと思って

自由になると思ってしまっている生徒もいます。

 

学習はそもそも、自分が知らないことや

わからないこと、できないことを

乗り越えるためにあるようなものです。

「知らない」のも

「分からない」のも

「できない」のも

当たり前だから、どのようにすれば

乗り越えていけるかどうかを考えていく訓練が

学習で身につけれなければならない土台だと思うのです。

 

もちろん、そのために講師がいるんじゃないの?

という考えもあろうかと思います。

すぐに質問できる講師がいるからこそ

塾という学習空間のメリットがあるのではないか、と。

 

たしかに、一昔前まではその視点は間違いではないと思います。

ですが、現代の子どもたちは

「初めて見るような問題」をどう解決すればいいかを

テストで問われる時代となってしまいました。

 

そうなのです。

もう時代は、できるかできないかの判断も

やってみなければ分からないという

今までとは別次元の問題を問われるようになったのです。

 

まずは、

  1. どうすればできるようになるだろうか?
  2. 条件として何が与えられているだろうか?
  3. その条件から今まで知っていることの関連はないだろうか?
  4. この問いで問われていることはこういうことではないだろうか?
  5. だとすれば、今までのあれとこれとそれをつなげれば大丈夫だろうか?

と考えた上で、

上記のうちのどこからが分からないのかという質問であれば

かなり建設的な思考をしたうえでの最高な質問となるでしょう。

 

最近、じわじわと成績を上げてきた結果、

1年間で最高の番数となる2番をとってくれた生徒がいます。

この生徒は、出会った頃は受け身で

質問の仕方も問題の解き方も

あまり理想的な学習ができていませんでした。

ですが、中学進学後から一気に学習姿勢が変わり、

まず質問の仕方が変わってきました。

 

最近では、この生徒は「分かりません」という質問ではなく

「この場合はどうなるのか教えてください」

という別視点や別解法、その先の新たなことにまで

質問が及ぶようになりました。

 

「分かりません」と言えば楽になると思っている人は、

その後からどんどん辛いくなる場面が待っていることでしょう。

そのため、必要な力も備える機会も自分で奪ってしまい、

仕事にしても学習にしても、力が足りないことで

嫌になってしまいますよ!

ちゃん♪ちゃん♫

 

たろー
たろー
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